大きく振りかぶって(ひぐちアサ)

私は野球派かサッカー派かと言われれば(こんな対比がもう既に死語領域ではあるが)、サッカー派な訳である。当然、漫画もサッカー漫画を好んで読む。が、そんな私でも、こんな漫画がサッカーにもあれば、とうらやむ漫画が、「大きく振りかぶって」である。

かつての野球漫画の代表といえば、水島新司先生の「ドカベン」が挙げられるだろうか。あの荒唐無稽さはあれはあれで魅力ではあるのだが、「大きく振りかぶって」はその対極にあるといっても過言ではない。それは、巻末に載る作者のとんでもない野球に対する(ルールだとか)に体現されている。32巻の巻末のコラムは、 スコアブックの付け方 である。一般の読者がそんなの覚えてたいと思うだろうか!?そこまでいくと少々暴走気味ではあるが、とにかくその細かい知識に裏打ちされたストーリー展開が、本作の魅力になっている。特にバッテリーと打者の心理的かけひき。これだけで読者は引きこまれる。もちろんそんな目立つ部分だけでなく、体力作りからなにから、細部に至るまで作者の知識愛がふりそそぐ。しかもそれがちゃんと読んで面白い。これは「ドカベン」では決して味わえなかったものだ。また、同じ女性作家のサッカーオタ(インナーマッスルオタ)によるサッカー漫画「フットボールネーション」が、わりと説教くさいというか教条的になりがちなのに対し、本作は説教ぽくならずにうまくストーリーに溶けこんでいるのもよい(※私は「フットボールネーションも大好きなので誤解なきよう)。

「大きく振りかぶって」のもう一つの大きな魅力は(そろそろネタバレ注意)、リアリズムにある。本作は、かつて高校野球を題材にした漫画が避けられない、「一発勝負であるがゆえになかなか負けられない」という呪縛から解放されていて、実によく負ける。最初に衝撃だったのは、主人公たちの西浦高校が夏の大会県予選を勝ち進んでいって、5回戦、リードされて、最後に逆転するかと思いきや!あっさり負けちゃったことである。あれはショックであるとともに、なんか新鮮な感動を受けたのを覚えている。最新巻(32)でも、4市大会という、ローカルな大会で、すら、優勝という結果に終わらず、しかも以前は勝った相手にリベンジ食らう、という負け方をする。敵のインフレ化していたかつての王道少年漫画だったら予想だにしない展開である。

…という風にベタ褒めの本作だが、かつては不満もあった。それは主人公三橋である。最初は彼はキャッチャー阿部に完全服従の自我がないヤツに見えた。それがなんか絵柄とあいまってすごくBLぽく感じていて、それがなんかイヤだった。後になってその設定自体が伏線で、主人公の成長がちゃんと描かれる訳だが。でも、特に女子人気高そうに設定された阿部のことはいまだにあまり好きにはなれない。「ハイキュー!」のポジションでいうと影山にあたり、だから私は影山もあまり好きではない。まあ非モテの僻みと思って聞き流してくれ。

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