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ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結

前回のスーサイドスクワッドはそれなりに気に入ってた。が、今作を観て、あれはなんだったんだという思いが強く…非常に強く。最初からジェームズ・ガンにやらせとけばどんなによかったか。もったいない。あえて、前作のいいところを無理矢理拾う。そうあれがなければマーゴットロビーのハーレイクインは生まれなかった。だからよかったんだ。そう無理矢理自分に言いきかせていくしかない。そう思わせるほど、今作は最高。

今作のいいとこ。まず笑える。しかも血ドバドバのブラックなギャグ。に近い。ガンにデッドプールやらせても面白いかも。まあ第4の壁は越えないけどね。あとは場面ごとにアイテムでテロップを入れる執拗な遊びとか。で、さんざん笑わせて、最後感動させるからすごい。笑わせてるけど、実はテーマ自体は重いの扱ってんだよね。それに、キャラが全員立ってる。しっかりそれぞれに見せ場を作っている。この辺ではガーディアンズ・オブ・ギャラクシーでも見せてくれたガンの真骨頂か。

あとはネタバレつきで細かいとこ。デッドプールとの共通点。最初敵の島にチームアップで上陸したら、あっさり数分でやられちゃうとこ。「Xフォース」と同じ流れね。それに、クライマックスが怪獣映画なんだが(本編でも「カイジュー」って言ってる)これが意外にしっかり怪獣映画になってて感心した。

ハーレイ・クインの華麗なる覚醒

前作「スーサイド・スクワッド」で一人勝ちの人気となったハーレイ・クインのその後の話。なんか最近こういう映画多いよね。男に食い物にされた女の子が結束して男どもをぶちのめす映画。「ハスラーズ」もそうだし、「キャプテン・マーベル」もそうだったなあ。見てないけど、チャリエンもそうじゃないかな。このブームを後世の人は、「ブラックスプロイテーション映画ならぬ、ガールズプロイテーション映画」とでも(揶揄気味に)言うのかね。でも、そんなこといいじゃないかね。痛快なら。この映画の魅力を言葉にするのは難しいが、一言で言うならそんな感じだよ。あとすごく、色々語りたくなる映画。でも言葉にしずらい。なんだそりゃ。

この映画ではハーレイはジョーカーと別れて(なりゆき的に)様々な立場の女性とチームアップする。刑事、歌手、スリ、殺し屋…原題は「Birds of prey(猛禽)」っていうんだけど、DCコミックスで元々そういうシリーズがあんのね。で、歌手(ブラックキャナリー)や殺し屋(ハントレス)はそのメンバーな訳。ハーレイは違うみたいなんだけどね。だからこのチームは映画オリジナルなのかな。

で、ハーレイをメインにした新たなる物語を紡ぐとなると、ハーレイのオリジンみないなのも入れなきゃならなくなる。ジョーカーみたいにね。でも、その辺(出生から精神科医時代からジョーカーとの出会いから別れまで)は、ハーレイの独白ナレーションとアニメであっさり済ませた。この辺は長々なんなくて正解。その後も、観る前に心配してたようなところはだいたい、杞憂だった。序盤のポンポンポンとアクション飛ばして、「あれ、つながんない?」と観客が思った瞬間に逆再生が始まるとか、ラストシーンで突然画面が暗くなった時に、「う、これってザックの呪い?(死んでない)」と一瞬不安になったものの、これも杞憂。

ハーレイのキャラ付けは、「いい子になりすぎず、でも時々お茶目な魅力」というラインを守っている。これもいい。前半の警察署突入シーンは、ガンガン撃ちまくってるのが、なんていうの?突入の時に煙が出るやつで、「警察殺してませんよ」だし、(別のとこでは悪いやつはやっちゃったりするけど)。あと、結局カネのために仲間裏切っちゃうとか。絶妙のバランス。

あとは細かいところもいろいろ。マーゴット・ロビーがプロデューサーについてるせいかな?ハーレイがいつのまにかローラースケート乗り回してる(「アイ、トーニャのおかげ?」のとか、あとはバットだね。バットが出てきた時は「うおーっ」ってなったね。

ハーレイ自身の魅力では、前作と甲乙つけがたいところはある(初登場のインパクト大きかったし)。が、仲間もいいよ。ハントレス、ブラックキャナリーにモントーヤ、キャス。このチームでもう一作見たい。でもないかな?どうかな?

スキャンダル

といえば、ケリー・ワシントンのドラマだよねえ。原題は、”Bombshell”で、「爆弾」と「かわいこちゃん」と2つの意味がある。これは両方かけているけど、さすがにそのままでは伝わらないと思ったんだろうね。映画の中では、メーガンケリーがこう呼ばれていた。

この映画は、FOXニュースの社長のセクハラを、セクハラされた女性の立場から描いた映画と予想して観たら、 FOXニュースの社長のセクハラを、セクハラされた女性の立場から描いた映画 だった。そのまんまかよ。そのまんまなんである。つまり予想通りではあるが、以上でも以下でもないということ。それは実名で出す告発のフィクション映画は日本では決して作れないし、主演のシャーリーズセロンやマーゴットロピーやアカデミー賞のメイクアップのカズ・ヒロはすばらしいが、それは最初からある程度分かることで、なんというか、サプライズがないんだなあ。シナリオ的にも演出的にも。決してつまらなくなないけど、なんかこう、もうちょっと欲しい感じ?

アイ、トーニャ

「トーニャ・ハーディング」と聞けば、すぐに「ナンシー・ケリガン襲撃事件」という言葉が連想できる、それが我々の世代である。といっても、事件の細かい部分や背景についてそれほど知っている訳ではない、なんだったらこの映画で出てきたように「トーニャが直接、ナンシーをフルボッコにしたとみんなが思っている」、それが我々の世代である。この映画はそんな我々の世代向けに作られた、訳でもないのだろうが、最終日に行ったら観客はそんな世代の人達ばっかりだった。

この作品は主演のマーゴット・ロビーが自らプロデューサーを努めてまで、やりたかった作品だという。作品を作るにあたって、トーニャ側の主要人物に徹底した取材を行った。その結果、ナンシー側の視点からの描写はなく、事件までの経緯はほとんどトーニャ側の観点で描かれる。トーニャ側といっても、トーニャと元夫の発言には食い違いがあるが、それもそのまま描いている。視点は偏ってはいるが、決して客観性を失った訳ではない。事件そのものにしても、「トーニャは100%イノセント」なんて描き方はしていなくて、むしろ「え?その会話をしてる脇にトーニャいたの?じゃあれとあのことは少なくとも知ってたよね」ということを暗示し、客を一方向に流して安心させないようにしている。

が、しかし、この「物語をほりさげる」ことで、スケートシーンの凄さ(これはCGも使っているが、マーゴット自身の演技もかなり入っている)が活きてくる。最初にトリプルアクセルを決めた大会の興奮や、リレハンメルの決められた失敗に向けたどうしようもない緊張感を、観客は共有することができる。今年の映画のあらゆるアクションの中で、随一の出来といっていい。エンドロールでは本人によるトリプルアクセルの映像が出てくる。こちらを出すことで、あらためて本人の凄さを観客は知ることになる。うまい構成だ。

アカデミー助演女優賞を獲得した母役のアリソン・ジャネイの演技が評価されている。彼女の冷血な演技もいいが、マーゴットも負けていない。単純な善玉悪玉でない役、でもどうしようもないホワイトトラッシュの役、といった複雑な演技を完璧にやりきった。彼女が演じたトーニャのキャラは、確かに一部では嫌われそうではあるが、一方で、例えばフィギュアスケートが体現しているような既成概念に対する反逆者でもある。ZZトップの曲にのせて踊りだす彼女を、当時もう少し上の年齢だったら好きになっていたと思う。