アイ、トーニャ

「トーニャ・ハーディング」と聞けば、すぐに「ナンシー・ケリガン襲撃事件」という言葉が連想できる、それが我々の世代である。といっても、事件の細かい部分や背景についてそれほど知っている訳ではない、なんだったらこの映画で出てきたように「トーニャが直接、ナンシーをフルボッコにしたとみんなが思っている」、それが我々の世代である。この映画はそんな我々の世代向けに作られた、訳でもないのだろうが、最終日に行ったら観客はそんな世代の人達ばっかりだった。

この作品は主演のマーゴット・ロビーが自らプロデューサーを努めてまで、やりたかった作品だという。作品を作るにあたって、トーニャ側の主要人物に徹底した取材を行った。その結果、ナンシー側の視点からの描写はなく、事件までの経緯はほとんどトーニャ側の観点で描かれる。トーニャ側といっても、トーニャと元夫の発言には食い違いがあるが、それもそのまま描いている。視点は偏ってはいるが、決して客観性を失った訳ではない。事件そのものにしても、「トーニャは100%イノセント」なんて描き方はしていなくて、むしろ「え?その会話をしてる脇にトーニャいたの?じゃあれとあのことは少なくとも知ってたよね」ということを暗示し、客を一方向に流して安心させないようにしている。

が、しかし、この「物語をほりさげる」ことで、スケートシーンの凄さ(これはCGも使っているが、マーゴット自身の演技もかなり入っている)が活きてくる。最初にトリプルアクセルを決めた大会の興奮や、リレハンメルの決められた失敗に向けたどうしようもない緊張感を、観客は共有することができる。今年の映画のあらゆるアクションの中で、随一の出来といっていい。エンドロールでは本人によるトリプルアクセルの映像が出てくる。こちらを出すことで、あらためて本人の凄さを観客は知ることになる。うまい構成だ。

アカデミー助演女優賞を獲得した母役のアリソン・ジャネイの演技が評価されている。彼女の冷血な演技もいいが、マーゴットも負けていない。単純な善玉悪玉でない役、でもどうしようもないホワイトトラッシュの役、といった複雑な演技を完璧にやりきった。彼女が演じたトーニャのキャラは、確かに一部では嫌われそうではあるが、一方で、例えばフィギュアスケートが体現しているような既成概念に対する反逆者でもある。ZZトップの曲にのせて踊りだす彼女を、当時もう少し上の年齢だったら好きになっていたと思う。

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